やりたい人がやればいい

学習塾の元教室管理者が、家庭教師をしながら思うことをかき連ねるブログです

外で働けない人に贈ることば

私は以前、学習塾に勤めていました。

今は退職して、在宅でオンライン家庭教師や大学入試問題の解説作成を仕事としています。

ネット上の個人向けに、ワンコインで問題解説を請け負ったりもしてます。

いわゆる、在宅ワーカーです。

 

オンライン家庭教師のエイドネット

coconala.com

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会社員をしていたころ 

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 学習塾に勤めていたころは、たくさんの生徒・保護者・アルバイト講師とやり取りをして、

それなりの数の人と交流していたと思います。

また、私の立場は講師ではなく個別指導塾の教室責任者だったので、

・生徒一人ひとりの学習カリキュラムの設定や進度状況の把握

・生徒全員の保護者を対象とした個別面談

・大勢のアルバイト講師の日程調整

・講師と生徒のマッチング(個別指導は相性が大事)

・授業中の様子をさりげなく観察して状態確認

などなど、

やることはけっこうたくさんありました。

さらにこれらに加えて、

アルバイト講師の急な欠勤で、どうしても人員を回せないときに代わりに授業をしたり、

自習に来ている生徒が持ってくる質問に答えたりしていました。

 

こうして書き出すと、我ながらハードな毎日だったんだなーって感じですね。

基本的に個別指導塾の責任者は、ひとつの教室に一人だけ配置されることが多いので、

(生徒数がとても大きいところは、2~3人配置されたりしていますが。)

電話を取るのも私だけ。

教室の合格実績や売り上げ実績も、もちろん私ひとりの責任です。

しかしこれはまあ、自営業とかフランチャイズの方々と変わりません。

 

とはいえ、(会社としてはどうなのか分かりませんが、)

当時の私はあんまり生徒数や実績などの数字にはこだわらずにのほほんと働いていました。

ただ、一人ひとりの生徒にできるだけ合った学習環境を整えることに対しては、

とてもこだわっていたように思います。

生徒が何十人いようが、授業の進度と生徒の理解度をできる限り把握して、

適宜講師に指示出しをしたり、生徒と話して方向性を探ってみたり。

 

こうして書くと、まるで熱血教師の類のように思えるかもしれませんが、

私自身は熱血系のノリは結構苦手なんですよ。

 

情熱や燃える思いを持って取り組むというよりは、

受講料に見合うサービスを提供すべきというビジネスライクな感覚でした。

学習塾は教育機関ではありませんからね。あくまでも、サービス業です。

 

さて、そんな私は元々体が強い方ではなかったのですが、

気が付くと毎日原因不明の体調不良が頻発するようになりました。

物心ついたときから、

・よくわからないけど体が怠い

・熱はないけど体が熱くて感覚が鈍い

・疲れると横腹や背中が痛くてたまらなくなる

など、いろんな不調を地味に感じながら生きてきてはいたのですが、

段々ごまかせない感じがしてきて、とうとう働くのが辛くなるほどに…。

当たり前ですが、もちろん病院に行きました。

しかし、体のどこにも数値的異常は出てきませんでした。

 

このころになると、感覚的にはしんくても数値的証拠がないため、

どうすればいいのか分からなくて、さすがに悲しくなりました。

病院でお医者さんに『どこも悪くない』と言われるたび、

まるで自分がさぼっているだけだと言われているような気さえしてきて、

ものすごく絶望的な気分で泣いたこともあります。

もちろん、病気ではないので会社も休めません。

上司の優しさで、ちょくちょく休みをもらってたりもしましたが、

罪悪感が半端なかったです。

 

ある日の決心

そんなこんなで、ある日私は決めました。

『そうだ、仕事を辞めよう』

 

もともと結婚やら何やらの関係で、1年後には辞める予定ではあったのですが、

予定を数か月早めて退職し、このころはまだ独身だったので、

しばらくはフリーターしながら貯金を切り崩して食いつないでいました。

 

働きたいけど、働けない

その後、結婚を機に遠い地へ引っ越したため、

新しい土地で再就職を検討することとなりました。

見知らぬ土地で職探しをしようとしていたそのころ、

私はあることに気付きました。

 

『私って本質的ひきこもりなんだな。』

 

なぜなら、家でのんびりしていた時期は体調はまあまあ安定していたのに、

外で働くことを検討し始めると、日に日に体の調子が悪くなっていくのです。

 

もうこれ、不登校の小学生と同じやん。

 

実は幼いころ毎日会社勤めをしている大人を見て、

『私が大人になった時、こんな風に働けるのだろうか?

 何だかとても私には難しいことに感じるけれど、大きくなれば耐えられるのかなぁ』

そんな風になぜかすごく怖くなったことがありました。

メンタル面のどうこうという話は置いといて、あの幼い頃に感じた抵抗や恐怖が、

私の本質だったんだなーと妙に納得してしまいました。

体調不良の原因は働くことへの抵抗というより、

外に出たくない、人に会いたくないという気持ちの現れだと、

私自身は感じています。

どうしたら働けるのか

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しかし納得したはいいけれど、問題は解決していません。

『私は外で働けない=私は社会不適合者なんだ』という感覚に陥ってしまった私は、

とても落ち込みました。

そしていろいろ悩んで考え込んだ末、たどり着いた結論はこうでした。

「選ぶべき道は2つに1つ」

 ①頑張って外で働く努力をする

 ②外で働くことを諦める

 

 

①の選択肢は、要は『頑張りましょう』ってことですね。

元々は外で会社勤めをしていたのだから、

短時間のバイトから慣らしていけば案外うまくいくかもしれません。

ただし、体調不良による体への負担もセットで付いてきます。

 

それに対して②の選択肢の趣旨は

『無理やり頑張らなくてもいいじゃない?』という感じでしょうか。

ただし体への負担は減るけれど、金銭的・精神的に苦しくなります。

在宅で働く方法はいくつかありますが、

ウェブ・デザイン系の特別なスキルや経験がなければ、

安定した収入にはなかなか繋がりません。

今は家族のおかげで生活には困らないけれど、

しっかりした収入のない立場はやはり不安です。

それに、『外で働けない=社会不適合』みたいな感覚があると、

結局自己嫌悪や自己否定の気持ちは拭えません。

 

外で働けないことは、何もおかしいことじゃない

答えを決めるための材料にならないかと、私はネット上をいろいろ調べて回りました。

・(外には出るが)人に会わないバイト

・在宅ワーカーの現状

・世間の、外で働けない人たちは実際どうしているのか

などなど。

そんなときに、私は自分の視野が広げるきっかとなる動画に出会いました。

衝撃を受けたとか、目から鱗とか、そういう派手な印象ではなかったけれど、

その動画を見てから、じわじわと私の中で何かが変わり始めました。

私が外で働けないこと、でも働きたいこと。それに対する罪悪感が薄れていく価値観がそこにはありました。

みんなと同じように働いて稼がなければならない、そんな感覚にこだわる必要はなかったんです。

自分の行動に責任さえ持てば、私は私のやり方で生きていてもいいんです。

そしてとうとう、②の選択肢を選ぶ決心をしました。

 

人生、何が変化のトリガーになるのか分からないものですね。

そんなわけで、私は今在宅ワーカーとして頑張っています。

 

ぐっとこらえて無理をすることは、時には必要だと思います。

将来何かにぶつかったとき、その経験がぐっとこらえて踏ん張るための力になる。

でも、無理せず(責任のとれる範囲で)横道に逸れてみることも、

きっと良い経験のひとつになるんじゃないでしょうか。

ただし、自由と責任はいつだってセットです。

そこは見誤らないように、いつも肝に銘じております。

 

今、不安や息苦しさを感じている方々へ

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『外で働けない=社会不適合』

どうしてもそんな風に自分を見てしまっていたけれど、

その感覚だけが世界のすべてじゃない。

満足な収入が得られない在宅ワークじゃダメなんじゃないかって思っていたけれど、

挑戦できることは、本当はまだ他にもたくさんある。

 

外で働けない=ダメな人、怠けてる人

これってすごく間違っている。ものすごく前時代的。
病気の診断がなくたって、体や心に原因不明の負担を感じている人はたくさんいる。
今この時代だからこそ。

こんなに便利な道具が増えて、技術が発達してきたのに、
労働の概念は少しも変わらないまま、変化や進化を拒んでる。
環境が変化すれば、人の生き方だって変わるはずなのに。

そんなの何だかおかしい。

私は、そういう考え方に気づかせてもらえて、今頑張れてる。
今、不安や息苦しさを感じている人たちにも、こういう自由な概念を知って欲しい

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